読んでみて面白かったというだけじゃなく、人に薦めたくなる、語りたくなる漫画を紹介します。未読の方に向けてネタバレ無しでお送りします。今回紹介するのは「ザ・ファブル」です。
連載期間
週間ヤングマガジンで2014年から2019年に渡り連載された漫画です。コミックスは全22巻。映画化もされています。2021年には第2部が連載開始されており、映画も第2弾が上映され、アニメ化もされました。
あらすじ:漫画「ザ・ファブル」
この設定の時点で面白そうだが、そう、想像を大きく上回る面白さなのだ。
“殺しの天才”ファブル
“一般人”としていざ大阪へお引っ越し
物語は主人公である「佐藤」(一般人として生活する為の仮名)と妹の「ヨウコ」(元は佐藤の仕事時の運転手役だが一般人として生活する為に妹設定となった)が「大阪」へ向かう事で動き出す。2人は、所属する殺し屋組織のクライアントでもあるヤクザ組織の持ち物件に住むことになる。物語はこのヤクザ組織と大きく関わりながら進んでいくのだ。
面白さをネタバレ無しで分析する
主人公が「殺し屋」でありヤクザ組織と大きく関わりをもつ設定からも「殺った」「殺られた」の物騒な展開を想像するかもしれないし、そういったシーンも確かに多い。しかしながら魅力的な登場人物が醸し出すクスクス来るシーンも多く、その分量が絶妙だから展開に引き込まれたり心が休まったりと最後まで一気に読める。ここからは、何故こんなに面白いのか、その理由を私なりに分析していきたいと思う。5つの理由がありました。
1)魅力的な登場人物しか出てこない
主人公である佐藤をはじめ、登場人物達がとにかく魅力的。
敵と言える人物ですら魅力的に描かれている。全ての人物が人間らしく思考し、その人なりの価値観をちゃんともっているからだ。訳のわからない人物は出てこない。それでは登場人物紹介がてら、その魅力について書いていこう。
佐藤明(さとうあきら):
主人公。一般人からみたら「天然キャラ」にみえるくらい一般常識に疎い佐藤。非常識と言っても社会のルールを破ったりする事はない。人に害の無い部分での感覚のズレが面白いのだ。
作中「面白くないという設定のお笑い芸人」に大爆笑したり、当たり前に「皮ごと枝豆食べたり」といった一般常識とのズレに驚く周りのリアクションが面白い。佐藤としてはフザケているワケもなく、ただこれまで生きてきた通りの事をしているに過ぎないが、周りから見ればとても変わった人に見えるのだ。
そして「どんな相手でも6秒で殺せる」男が、ただのチンピラ相手に「わざとボコられる」展開も、読者としては「殺しはするな。一般人として生きろ」という指令を受けている佐藤の立場を知っているから、ここからどのように展開するのかワクワクが止まらないはずだ。
「プロ」である事がアイデンティティ。一般人として生活するのも、指令を全うするプロだから。
ちなみに佐藤の唯一の弱点は強烈な「猫舌」であること。
佐藤洋子(さとうようこ):
一般人として生活する為に佐藤の妹という設定となるが、それまでは佐藤が仕事(殺し)を行う際の運転手をしている同じ組織の一員。物語終盤には組織に入る事となった真実が明かされるが、基本的には「うっかり殺しのスキルを発動」してしまいそうになる佐藤を止める役回り。記憶力に関しては佐藤を上回る才能を持つ。
無類の酒好きであり、「本作の面白さの25%くらいはヨウコの飲酒回」にあると思う。
物語が大きく展開する合間に効果的に「息抜き」としてヨウコの「飲酒回」が挟まれる。ここでは紹介しないが、こういった回でしか登場しない人物達がまた良い味を出しているのだ。
清水岬(しみずみさき):
本作のヒロイン。
親の借金返済の為に複数のバイトを掛け持ちして常に忙しいが明るく元気な女性。
一般人として生活しなければならない佐藤に、働き口を紹介した事から深く関わりを持つ事となる。当然ながら裏社会とは無縁の一般人であるミサキは、佐藤が殺し屋だという事は知らないまま物語は進む。
訳合って色々と巻き込まれてしまうが、気付かないところで佐藤に守られる。
田高田(たこうだ)社長:
ミサキが勤めるデザイン会社の社長。
配達人として佐藤を雇う事となる。この人もたいそうな酒豪である。きっと読者は「読み進めていく内にどんどん好きになってしまう人物」であろう。佐藤の描いた独特なタッチの絵についてミサキと共に笑いを堪えるシーンがあるが、本作はこういった日常にあるようなシーンがとても楽しい。登場人物達の掛け合いに読者が置いていかれないのだ。
ネタバレになるからボヤかして書くが、最後まで「事実」を知らずにいた人でもある。なのに欠かせない人。必見はヨウコと飲み比べする回である。笑って幸せになれるし、しんみり泣ける回でもある。
海老原剛士(えびはらたけし):
佐藤兄妹が一般人として生活する住居を提供したヤクザ組織の若頭。
佐藤の本職が殺し屋で、この1年間は一般人として生活するという事は知っているが、殺し屋を生業にしている佐藤が大人しくしていると思っておらず信用していない。殺し屋というより殺人鬼と見ているようで、佐藤の本性を見極めようと画策するが…。
どうやら料理が趣味というか、味に拘りがあるらしく自炊するシーンが印象的だ。登場人物の中では立場上、頑な性分ではあるが現実感のある人物である。物語内のポジションとしては非常に重要な人。佐藤との付き合いも長くなった頃の車中での会話が凄く好き。
黒塩遼(くろしおりょう)/クロ:
海老原と同じヤクザ組織の一員。佐藤の殺人スキルを目の当たりにする事となり、その圧倒的な凄さに強烈に憧れてしまう。佐藤兄妹と深い関わりを持つこととなり、登場回も非常に多い。私的には「この人物も本作の面白さの25%を担っている」と思う。いや、もしかすると「もっと」かも。この人がいなかったら作品自体の面白さが変わってしまっていただろう。
佐藤ではなく、この人こそ「真」の天然である。そういったシーンはホントに多い。本作に小気味よいテンポと笑いを生み出す作品的に最重要人物であるし、物語の重要な局面でも大きく絡む。
以上で登場人物紹介を終わる。
当然ながら重要な登場人物は他にも存在するが、私としては本作の面白さを担っているのは彼らの存在だと思う。中盤以降も魅力的な人物が何人も出てくるのだが、ネタバレになるので紹介するのは序盤から登場する主要人物に限定しておいた。コミックス「全22巻に対して登場人物が多くない」のが読みやすさに繋がっている。「1人ひとりのキャラが立っているし、明確に存在意義のある人物ばかりである。」存在する意味のわからない人物が一人もいない。
2)登場人物の会話が不自然なほど自然
本作の面白い理由に「登場人物達の会話」がある。
ほとんどの漫画作品は登場人物に場面として必要な最低限のセリフしか喋べらせない。要は状況説明だ。それが昨今の漫画のベーシックになっているし、読者に本筋以外の情報を与えないために、あえて不必要をカットしていると言える。でもそれって実は不自然だし合理主義的過ぎる描き方なように思ってしまう。
本作は現実の人が自然に行うような会話や行動がシレッと描かれている。違和感なく描かれているからスルッと読んでしまいそういったシーンに気付けない。何度も読めば、随所にナチュラルに描かれているそういったシーンが多くある事に気付けるだろう。(上の画像で言えばヨウコが酒を取りに行くところなんて、フツーわざわざ描かない)
それにより登場人物の「人となり」や「関係性」が浮きぼられている。読み手は登場人物達を身近に感じ、作中のキャラクターという次元を隔てた感覚を薄れさせる。
3)佐藤の圧倒的な強さによる安心感
どのような局面でも佐藤であれば余裕で制する。どんな悪条件でもプロとして的確に対処してしまう男である。超能力のような何でもアリな興醒め展開は無く、あくまでも人間として現実的手法で殺し屋の最高傑作たる実力を示していく。
常に冷静で落ち着いて対処していくさまは読者に圧倒的な安心感を与える。
それでも常に「いつかは佐藤も苦戦する展開があるのかも」といった意識はもって読み進める事にはなるのだが。その塩梅がまた先を気にならせる要素とも言える。
4)佐藤の普通の会話が名セリフ
一般常識に疎い佐藤の口からハッとするセリフが飛び出してくる。当たり前なのに気付けない多くの事を教えてもらえる。登場人物達と同様に、そういった佐藤のセリフに納得してしまうのだ。
組織のボスが「佐藤はサヴァン症候群の類い」といったような事を言っているが、変にこねくり回した考えをせずに発せられる佐藤の言葉は常に腑に落ちる。佐藤の思考には濁りが無い。
5)脚色感のない伏線が凄い
特に終盤あたりは伏線が多く張られている。が、よくある読者にインパクトを与える為に用意した伏線はない。そういう奇をてらった展開や演出で読者に訴求するといった無意味さが無い。むしろなんだったら明かされない伏線すらある。例えば組織の◯◯が自身のクライマックスが近づく状況で、ベッドで仰向けになり自らの手を天井にかざしながら心の内を語るシーンがある。意味ありげだがそのシーンの持つ意味が特に説明される事はない。しかし後に明かされる「とある事実」とちゃんと繋がっているのだ。
まとめ:漫画「ザ・ファブル」の面白さ
殺しを禁止された最強の殺し屋が、殺してしまえば手っ取り早く解決する場面に多く巻き込まれる。修羅場なんてのは佐藤にとって散歩に過ぎないが、決して人を殺してはいけない。さて、どうやって切り抜けるのか?ここが1つの見どころ。
そして登場人物達が交わす何気ない会話のやり取りが堪らなく楽しい作品だ。